映画ネタバレと感想

映画【蜜蜂と遠雷】ネタバレあらすじ!光溢れる世界に、響き合う想い。感想レビューも

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

音楽とは、なんと業の深いものであろうか___。

美しい音色を奏でようとするたびに、人は血を吐く思いで全身全霊を傾け、しかしそうした全ての者が報われるわけではありません。

むしろ、ふるい落とされて地獄に落ちる思いでその道を諦めて絶望を抱えて生きていく人の方が圧倒的に多い…そんな世界の真ん中で、それでも高みを目指そうとする者たちがいました。

とある地方都市、芳ヶ江で3年ごとに行われる国際ピアノコンクールに集まった4人は、それぞれの人生をかけて音楽に立ち向かっていこうとしていたのです。

原作は恩田陸さんが実際のピアノコンクールを丹念に取材して描いた小説です。

その情感溢れる描写が溢れる小説が、透明感のある素敵な映画になりました。

ここでは、映画「蜜蜂と遠雷」のあらすじを「ネタバレなし」、「ネタバレあり(結末まで)」のパートに分けてご紹介します。

後半では、感想レビューを書いていますので、そちらもぜひご覧ください。

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【蜜蜂と遠雷】予備知識

「蜜蜂と遠雷」の予告動画

公開日(日本):2019年10月4日(金)

監督:石川慶

キャスト
松岡茉優(栄伝亜夜、20歳):
ピアノ担当・河村尚子
かつて天才少女として一世を風靡したが、指導者でもあった母が13歳の時に亡くなり、その衝撃でピアノを弾くことができなくなった。
今回の芳ヶ江国際ピアノコンクールを最後のチャンスととらえ、トラウマと戦いながら音楽と向き合ってきた。

松坂桃李(高島明石、28歳):
ピアノ担当・福間洸太朗
音大在学当時には国内コンクール上位入賞の経験もあるが、現在は岩手県で楽器店に勤務するサラリーマン。
年齢的にも最後のコンクールと考えて芳ヶ江国際ピアノコンクールにエントリーした。
妻と、幼い息子が一人。
彼が目指しているのは、音楽だけで生きているのではない”生活者の音楽”だった。

森崎ウィン(マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、19歳):
ピアノ担当・金子三勇士
アメリカ・ニューヨークのジュリアード音楽院に在学中で、”王子様”とも称される優勝候補。
師匠のナサニエルに「完璧を目指せ」と叱咤されながらも、自らの音の追求を止めない信念を持っている。
幼い頃、日本で暮らした時のご近所さんだった亜夜とその母のおかげでピアノの世界に足を踏み入れた。
その当時の思い出から、二人は「あーちゃん」「まーくん」と呼び合うことになる。

鈴鹿央士(風間塵、16歳):
ピアノ担当・藤田真央
誰も知らない天才少年。
養蜂研究家の父親に従ってフランスを放浪するような暮らしの中で故・ホフマン先生と出会い、その才能を見出されたことから彼に師事。
音の出ないポータブルの鍵盤で練習を重ねている。
彼の指先から迸る音は奔放かつ破壊的ではあるが、大きな魅力にあふれたピアノ演奏をするようになる。

臼田あさ美(高島美智子):
明石の妻。共働きで息子を育てながら、夫の音楽活動を支えている。

ブルゾンちえみ(仁科雅美):
明石の学生時代の友人で、カメラマン。
彼のコンクールに挑む姿を追うドキュメンタリー番組を制作している。

福島リラ(ジェニファー・チャン):
ジュリアード音楽院でマサルに淡い思いを抱いている。

眞島秀和(ピアノ調律師):
明石の知己で、亜夜にピアノを貸した。

片桐はいり(クローク係):
芳ヶ江国際ピアノコンクール会場ホールのクローク係。
コンクールの参加者の音をこっそりイヤホンで聴いていた。

光石研(菱沼忠明):
コンクールのスタッフ。

平田満(田久保寛):
ホールのステージマネージャー。
コンクール運営の裏方としてなにくれとなく参加者らに心を砕いている。

芹沢興人(ピアノ調律師)
森優作(ピアノ調律師):
コンクールの出場者らに寄り添うようにして、ホールのピアノの調律を一手に引き受けている。

アンジェイ・ヒラ(ナサニエル・シルヴァーバーグ):
コンクールの審査員であり、ジュリアード音楽院で教鞭をとっている。
マサルの師匠であり、嵯峨三枝子の元夫。

斉藤由貴(嵯峨三枝子):
審査員であり、現在もピアニストとして活躍している。
かつて”天才少女”と称された実力の持ち主だが、本人は今でもどこか満たされない想いを抱えてピアノと向き合っていることを亜夜に吐露する。

鹿賀丈史(小野寺昌幸):
本選でオーケストラを指揮したコンダクター。
マサルや亜夜に厳しい言葉をかけた。

オーケストラ演奏:東京フィルハーモニー交響楽団(指揮:円光寺雅彦)

作品概要
音楽の神様に愛されるのは、誰か___?

芳ヶ江国際ピアノコンクールは、日本の小さな地方都市で行われているピアノの祭典でしたが、その優勝者がその後に大化けしていったことから、音楽界で大きな注目を浴びるようになりました。

3年に一度の今年、そこにはそれぞれにピアノに対して想いを抱えた者たちが世界中から集まりました。

そこには一人、誰も知らなかった少年がいたのです。

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

風間塵。

誰からも愛され、敬われたピアノ界のレジェンドとも言うべき音楽家、ユウジ・フォン・ホフマンが最期に見出したその少年の演奏は型にハマることを知らず、野放図で破壊的でありながら大きな魅力にあふれたものでした。

その存在は、まさにそこに集う音楽家たちが試される「ギフトか、もしくは災厄」___。

様々な天才たちが切磋琢磨し、その音を研ぎ澄ませて極めた先にあったのは、誰も見たことがない光景だったのです。



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【蜜蜂と遠雷】あらすじ(ネタバレなし)

選ばれし4人のピアニスト

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

芳ヶ江国際ピアノコンクールは3年に一度開催されます。

日本の一地方都市で開催される小規模なものでありながら、過去その優勝者が世界的コンクールに進んで優勝するなど、音楽界では知らぬ者のない若手の登竜門だったのです。

今年そこにエントリーした中にはくらぶべくもない4人の才能ある若者たちがいました。

審査員の嵯峨三枝子(斉藤由貴)かつての夫・ナサニエルらとともに厳しい選考を行いますが、次第に、今この瞬間にも磨かれていくその若いピアニストらの音と才能に厳しくも温かいまなざしを向けるようになっていくのです。

“宿題”を抱えた元・天才少女

7年前。

まだ幼さを残していた天才少女・栄伝亜夜(松岡茉優)は突然母を失い、目前にあったコンサートから逃げ出しました。

当時たった13歳。

プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番ト短調。

美しいその曲はトラウマとなり、彼女を捕えて離しません。

20歳になった彼女は遠ざかっていたピアノと対峙する最後の機会として芳ヶ江国際ピアノコンクールにエントリーしたのです。

口さがない人々は「また逃げ出すんじゃないの?」などと好奇心が入り混じった言葉をささやきましたが。

ギリギリのところで踏みとどまり、亜夜は一次予選を突破しました。

その頃。
コンクール会場のホールで思いがけない再会がありました。

それは彼女にとって、ピアノの原点に繋がる、大切で優しい記憶を蘇えらせることになったのです。

最後の“夢”にかける一児の父

明石(松坂桃李)は、かつて音大生だった頃に国内コンクールで上位入賞していましたが、卒業後は楽器店に入社してサラリーマンとして働いてきました。

地元岩手で結婚、共働きで一人の男の子を育てながらピアノの練習を続けてきたのです。

そんな彼が28歳と年齢制限ギリギリでエントリーした芳ヶ江国際ピアノコンクール。

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

明石の同級生の仁科(ブルゾンちえみ)がドキュメンタリー番組を作りたい、と密着取材を申し出ました。

彼は“生活者”として、「音楽だけを生業にしている者には絶対にたどり着けない領域」の音楽を追求したい、という強い気持ちを持ち続けていたのです。

信念を貫く貴公子

生まれも育ちも上流で、その貴公子然としたルックスに優雅なピアノ。

ジュリアード音楽院で世界最高峰の音楽教育を受けているマサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)は、まだ学生でありながら“王子”と称されるほどの人気を博し、コンクール会場のロビーでも多くのファンにサインをせがまれていました。

柔和でありながら、師であるナサニエル(アンジェイ・ヒラ)の主張の全てを受け入れるわけでなく、自らのピアノを追求する姿には信念が見える、そんな彼がこのコンクールに参加して懐かしい顔を見つけました。

かつて日本で暮らした幼い日々の中で、彼が「あーちゃん」と呼んで慕った少女、それが栄伝亜夜その人だったのです。

彼女に誘われて始めたピアノから、彼の人生は大きく変わったのでした。

そして、再会。

「まーくん?」

その瞬間、引き戻されるように幼い日々の記憶が蘇り…。

まるで化学反応が起こるように、それぞれの世界に変化が訪れようとしていたのです。

音楽に愛された謎の少年

彼の指がピアノの鍵盤を叩くとき、型にはまらない奔放さと破壊的ですらある衝撃が走りました。

風間塵(鈴鹿央士)、16歳。

正規の音楽教育を一切受けていなかった彼は、日本人ではありましたが、養蜂研究家の父に連れられてフランス各地を転々とする暮らしの中で、ピアノの神様とも称される偉大な音楽家ユウジ・フォン・ホフマンに見いだされてコンクールに推薦されたのです。

“Letter of recommendation”には彼の才能を端的に表すひと言がありました。

彼の才能は、災厄にも、天からの贈り物にもなる___一様にホフマンに敬意を示す審査員らにとっては、その言葉は謎でしかありませんでした。

「春と修羅」、そしてカデンツァ

一次予選を突破した四人は、二次予選の課題に取り組むことになりました。

「春と修羅」___宮沢賢治の詩集をモチーフにした課題曲が出され、空白部分のカデンツァを自らの作曲で埋めよ、というのです。

明石はそのテーマを調べるうちに、地元岩手の産んだ天才・宮沢賢治の詩のイメージを追い求めていきました。

「あめゆじゅとてちてけんじゃ」

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

子供を膝に載せて妻の美智子(臼田あさ美)と語らいながらその詩集の有名な一説の意味を捕えようとしていた明石。

彼は子供の保育園の送り迎えをし、会社で仕事をこなしながら、練習時間をやりくりして空白部分を埋めようとしていたのです。

試しに聞いてもらった妻には「重たい」と率直に言われ、思い悩む彼。

「私は素人だから…」と慰めるように言う美智子に、「そういう人にも伝わらなければ意味がない」と苦しい胸の内を吐露するのです。

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

明石は、彼なりに懸命に課題と向き合い、美知子は幼い息子を連れて舞台上の彼を見守っていたのでした。

マサルは師であるナサニエルと共に作曲したカデンツァに自信を持っていました。

右手を胸に当て、貴公子のように礼をする彼。

しかし、その背中に回した左手が、ぎゅっと握りしめられていたことに気付く者はいません。

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

マサルは自らの技量に自信があったことからいわゆる超絶技巧でまるでねじ伏せるかのようにそのカデンツァを弾きこなし、満場の拍手を得たのです。

それは自分の内側から迸る情熱の表れでもあったのですが。

ナサニエルには「余計なことをせず、完璧な演奏を目指せ!」と叱責されてしまったのです。

その頃まだ全くの白紙だった亜夜のカデンツァ。

書いては消し、まったくまとまらないままに焦っていた彼女は、マサルの演奏を聴いて猛烈にピアノを弾きたいと願うのですが、生憎、コンクール会場のホールにあるピアノは全て予約で埋め尽くされていました。

久しぶりに渇望し、胸をかきむしるほどに「弾きたい!」と望んだ亜夜に、そっと手を差し伸べたのは明石でした。

「メーカーにこだわらないなら、紹介できます」

そして教えられた場所に辿り着いたときには、とっぷりと日が暮れて、月が煌々と照らす時間になっていました。

月下の連弾

明石に紹介されたのは、小さなピアノ工房でした。

若い調律師(眞島秀和)が迎え入れてくれたそこには、古くとも丹念に手入れをされた柔らかな音がするグランドピアノがありました。

ふと、そこでピアノに向き合おうとすると、彼女を追いかけてきた人影が。

なんと、彼女の様子を心配した塵がそこに居ました。

亜夜を“おねえさん”と呼び、微笑む彼。

ふと見上げると窓から差し込む白い月の光。

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

塵は、迷うことなくドビュッシーの「月の光」を引き始め、亜夜はそれに惹きつけられるように鍵盤に手を置き、始まった連弾はまるでダンスのように回り始め、楽し気なジャズのリズムを刻み始めて“It’s only a paper moon”に変わり、そして重厚な、ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」へと流れていったのです。

久しく、ピアノを弾いて笑ったことがなかった亜夜でしたが。

その時、心の底から悦びが沸き上がるのを感じた彼女は、白紙の楽譜を前にして本番のカデンツァを即興で弾きこなし、無事予選を通過したのです。

以下、結末までのネタバレになります。ご注意ください。


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【蜜蜂と遠雷】あらすじ(ネタバレ)

敗北

マサル、塵、そして亜夜たち6名が通過した二次予選でしたが、明石にはその席はあたえられませんでした。

「“生活者の音楽”は敗北したのです」

彼は、目を潤ませてインタビューに答えましたが。

しかし、自分とは違う“天才”たちの音を聴き、その姿を見たことで納得し、自分のなかで一区切りをつけていたのです。

中にはそれを受け止めきれない者もありました。

マサルと同じくジュリアード音楽院で学んでいたジェニファ(福島リラ)は“This is unfair!!”と亜夜に向かって叫びました。

「貴女がいなくなった7年間、私はあんなに努力したのに!」と。

しかしジェニファもまた次のコンクールを目指すのだと言って芳ヶ江を去っていきました。

振り返る時間、後悔している間も惜しんで、それぞれの時間は進んでいくのです。

オーケストラを背負う、ということ

本選では、指定のピアノ協奏曲から選んだ一曲をオーケストラと共に演奏する、というスタイルでした。

担当するコンダクターはマエストロ・小野寺昌幸(鹿賀丈史)。

皮肉屋で厳しいと評判の、しかし腕は最高級という指揮者です。

口の悪い審査員たちが黙るほどのその技量で、彼は本選まで進んできたピアニストたちを受け入れるのです。

マサルはプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番ハ長調。

亜夜は同じく第2番ト短調を。

塵はバルトークのピアノ協奏曲第2番ト短調。

それぞれの練習は白熱していきました。

塵は、師匠のホフマン先生から贈られた音の出ない木製の鍵盤を叩いてイメージを固めていきます。

指先に血が滲み、爪が割れたところを瞬間接着剤で固めて無心に弾き続けていた彼でしたが。

オーケストラとの合わせの時間には、なんと、その団員の配置換えを希望し、音を合わせている時間が無かった、というのです。

実は、その古いホールの床は傷んでおり、最近補修を行ったばかりだというのですが。

彼が指定した演奏者たちの位置は裏側から合板を当てていたことで、音が巧く響かないのだということを、塵は本能で気づいていたというのです。

対立、そして…

マサルは、自らの技量に自信を持っていました。

それまでの練習、そして師匠の指導によって、自分の突き進むべき道を見極めていたのです。

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

だからこそ、自信をもってどうどうと小野寺に向き合っていました。

“このタイミングに合わせてタクトを振って欲しい”

“フルートとの音が合わないことが気になる”と。

しかし、小野寺はマサルのその細かいこだわりを聞き入れませんでした。

そしてタイムアップ___。

マサルはホールのロビーに繋がる階段で、上手く合わなかった部分のおさらいをし、しかし、自分だけで表現するのではなく、多数の演奏者、そして指揮者と息を合わせていかなければならないその難しさにため息をついていました。

そこに通りかかった亜夜がヒントをもたらしました。

“プロコフィエフの曲は、踊りたくなる”と。

最初に発表された時、そのピアノ協奏曲は不評であったにもかかわらず、彼にバレエの曲を依頼した演出家がいたという逸話を話してくれる亜夜に、マサルは自分の夢を語りました。

昔は、観客が、まるで今のポップスを聴くように新曲を楽しんでいた___だから、自分は新しい“クラシック”を作り上げていくコンポーザー・ピアニストになりたいのだ、と。

亜夜は称賛し、我がことのように喜んでいました。

二人は、お揃いの水筒をもっていました。

手作りと思われるキルティングの色違いのカバーには音符の飾りが縫い付けられており、そして“まさる”、“あや”と平仮名の名前が書かれていたのです。

幼かった、その幸せな日々の記憶が蘇ってきました。

亜夜と母の奏でていた連弾の音。

窓の外から聞こえる風の音や、雨のしずくのきらめき。

その思い出は二人の音楽の原点ともいうべきものだったのです。

そんな語らいの中で、マサルは亜夜に、なぜ同じプロコフィエフのピアノ協奏曲でも第2番を選んだのか、と尋ねました。

彼女にとって、その曲は大きな“宿題”であり、乗り越えるべき壁だったのです。

震える指

大好きなプロコフィエフの曲。

しかし、小野寺の振るタクトの前で弾き始めた亜夜の指は震え、その手が止まってしまいました。

小野寺は、指揮台から降りてきて、一本の指で鍵盤を弾きました。

ぽーん…と澄んだ音が響く中で、彼は亜夜に言ったのです。

「失礼、ピアノの音が出なくなったのかと思って」

それは亜夜のトラウマでした。
母が亡くなった時、彼女はその衝撃でコンサートの舞台でプロコフィエフの曲を弾くことができず、逃げ出したのです。

たった13歳の彼女には受け止めきれない哀しみがそこには残っていました。

母親の存在は、彼女にとって“全て”と言っても過言ではなかったのです。

今回も、亜夜は、棄権してホールを立ち去ろうとしていました。

ドレスや楽譜を入れたスーツケースを引いて地下の駐車場へ降りたその時、彼女の耳には微かな音が聞えてきました。

それは、幼い頃に、大好きだった母とピアノの前に二人で座って語らっていた時のこと。

世界に音は溢れており、いつも音楽がある。

枯れ葉、森、降り注ぐ雨の音、その中を駆け抜けていく奔流のような、黒い馬の姿___そのイメージがぶわっと頭の中に湧き上がり、そして、思い出したのです。

「貴女が、世界を鳴らすのよ…!」

母が耳元でささやいていた優しいその声音が、亜夜を突き動かしました。

それは、亜夜が初めてあの日の自分と対峙して、立ち向かおうとした瞬間でした。

微笑みと共に

亜夜と話したことで自分の気持ちに整理をつけたマサルのピアノは変わりました。

自己主張するばかりではなく。

オーケストラ全体と調和をとり、シンクロしていく心地よさを、彼は初めて実感していたのです。

小野寺がマサルに厳しく接していた裏側には、今、そうした大切なことに自分で気づいて欲しい、という思いがあったのです。

激しい流れが、しかしブレることなく素晴らしいハーモニーとなってホールの中を駆け抜けていきました。

演奏が終わった時、オーケストラのメンバーも、そして何より小野寺とマサル自身が笑顔で握手を交わすことができ、彼の会心の演奏は終わったのです。

塵もまた、練習が十分にできなかったものの、床の不具合を事前に察知できたことから、満足のいく曲を掴みました。

審査員たちは一次予選からさらに成長した感のある塵の演奏に驚き、そしてユウジ・フォン・ホフマンの残した言葉の意味を悟ったのです。

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

天才___しかしまだ粗削りな原石のような彼の音は、ある者にはまるで猛毒のように心を抉り、そしてまたある者にはまさに天からの“ギフト”であるかのように響く…。

そんな彼の番が終わり、そして、棄権者が出たことで繰り上がった亜夜の順番が巡ってきたのです。

見つめてきた彼らの思い

ホールのステージマネージャーを務めてきた田久保(平田満)は、亜夜の13歳のあの日にも立ち会っていました。

母を亡くして呆然としていた亜夜がステージを去った時のことを思い、ずっと胸を痛めてきたのです。

その時に弾くはずだった、課題のプロコフィエフ。

もうダメなのだろうか、と思ったその時、ざわ、と周囲が息を飲みました。

あの日着ていたものによく似た、黒いレースの美しいドレスに、赤い口紅をきりりと引いた亜夜がそこに居ました。

田久保がスタッフにGOサインを出し、亜夜に囁きます。

「栄伝さん、時間です」

(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

迷うことなく、ドレスの裾を引きながら舞台に進み出る彼女を、小野寺は温かく迎え、そして素晴らしい音が鳴り響きました。

亜夜の堂々たる復活。

笑みを浮かべて曲を奏でる彼女は、あの夜から抱えていた宿題をようやく終えることができたのです。

優勝はマサル。

亜夜は2位、そして塵は3位という結果になり、明石には奨励賞が贈られました。

それぞれの人生に開けた、新しい門出。

こうして3年に一度の芳ヶ江国際ピアノコンクールは終わりを告げたのでした。



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【蜜蜂と遠雷】感想とレビュー

これはもう、大きなホールで観ないと勿体無い!

この包み込まれるような音の奔流は、テレビのスピーカーやイヤホン、ヘッドホンでは味わうことはできない、そんな贅沢な映画です。

国際的なコンクールに優勝するという設定で臨んだ主演の4名の努力がどれほどすさまじいものであったか、が画面からダイレクトに伝わってきます。

ほぼ、弾いていたそうですよ、ピアノ。

もちろん、それぞれにスタンドインのピアニストの方はついていましたが。

彼らはその指の動き、首の傾き方、1音ずつどう動いて流れていくかを全て覚えて、完璧に再現した、というのです。

かつて、綾野剛さんが同様にドラマ「コウノドリ」で素晴らしい演奏を見せてくれましたが。

今回はさらに精度を増して、オーケストラとの演奏シーンもある、というすさまじいものでした。

松岡さんは、自身のピアノを担当したピアニスト・河村尚子さんの動画を見尽くして「私が人生で一番じっくり見つめた人」と言うほど集中したのだとか。

その成果は、画面の中の動きと音の見事なシンクロに全て表れていると言っても過言ではありません。

最初に見た時には、顔と、手元が同時に映ったり、ワンカットで流して撮影していた時にはVFXでも使われたのかと思いましたが。

役者さんたち、頑張ったそうです!

音は完成品であるプロの弾いた曲を使ったはずですが。

本当に素晴らしいシーンになっていました!

それだけでも十分に見る価値のある作品です。


一つのピアノコンクールをずっと見て聴き続けてきたような。

そして贅沢なコンサートを見てきたかのような。

大満足な一本でした。


主人公は亜夜と、マサル・明石・塵の4人だと思っていますが。

彼らを描くにあたって物語の軸となる人物が登場しています。

それが、審査員の嵯峨三枝子(斉藤由貴)、そしてステージマネージャーの田久保(平田満)の二人です。


三枝子は、かつて自身が“天才少女”と呼ばれた経歴のピアニストであり、自身の過去と亜夜の姿を重ねていました。

物語の中でずっと亜夜に心を寄せながら、しかし一定の距離をもって見つめ続けていたのです。


そして、もう一人の田久保は、幼かった亜夜の悲劇的な瞬間をみていたのです。

だからこそ、7年前から彼もまた抱えていた亜夜への思いにようやく決着をつけることができたのではないでしょうか。


亜夜の孤独を理解し、どこかで見守っていてくれた大人たち。

なんだか、救われたような気持になりました。

また、コンクールを支えてくれていた二人のピアノ調律師(芹沢興人、森優作)らの地味で献身的な仕事ぶりや、ホールのクローク係の片桐はいりさんなど、細かい人物描写がとても素敵で、画面から目を離している暇のない密度の濃さは流石です。


原作のボリュームを考えると、かなり駆け足であったという人もいますが。

緩急取り混ぜてバランスよくまとめられており、ピアノがまるで音の洪水のようであったり、キラキラと輝いている光のようであったり。

また、演奏していた松岡茉優さんの髪が、音に合わせて揺れるさまがとても美しく。

少しだけ前下がりになっている短めのボブがとてもよくお似合いで、計算し尽くされていたように感じられました。

色彩感覚にあふれた音のドラマ。
意味を知りたい方はぜひ映画館へどうぞ!

さて。
この芳ヶ江国際ピアノコンクールを開催していたホールですが。

実は他の作品のロケにも使われています。

武蔵野音楽大学のホール、バッハザールです。

2年前のTBSドラマ「ごめん、愛してる」の最終回で、坂口健太郎さんがコンサートで兄に対する思いを語り、ピアノを弾くシーンで使われていました。

坂口さんも、懸命に練習したピアノをエキストラの前で披露していたという思い出のある場所です。

今調べていたら、「羊と鋼の森」のロケも同じホール、バッハザールでやっていたんですね。


今度、改めてチェックしてみようと思いました。

「蜜蜂と遠雷」は、美しいピアノ曲と、そのイメージを存分に膨らめて溢れる光と色彩を見せてくれた、五感をフル稼働して味わう作品です。

是非、音響設備の整った大きなスクリーンで味わってください。

映画代の3倍は楽しめるはずです!

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